恋の始まりがわかりやす人

好きな人ができた時に、ついつい友達や他のことがおろそかになっていませんか?私の友達は、まさにそのタイプ。いつもはひたすらに本を読んでいるのが好きで、暇さえあれば文庫を取り出して読書をするような子なのに、恋に落ちてしまうともうずっとため息、好きな人のSNSを覗いたり、連絡がこないかなーとずっとスマホとにらめっこしていたりします。気持ちはわかるけど、話をしていても上の空なのでちょっと困ることもあります(笑)大体恋が覚めたり告白してフラれたり、付き合って別れたりすると元に戻るのですが、それでもやっぱり数週間から数か月はこういう状態になるので、何も話を聞いていなくても「あ、恋しているんだな」とバレバレです(笑)
そういう時にはそっとしておくに限るんですが、なぜか普段はほとんど連絡もしてこないし、会おうと自分から言うタイプではないのに、恋が始まると会いたいと言って来るんですよね。ちょっと笑っちゃうくらいわかりやすいんですが、私は彼女が窓の外を見ながら頬杖をついてため息をついている横顔を見るのが好きなのでついつい会いに行っちゃうんですよね。なんだか、恋愛小説のヒロインみたいで絵になるんだもん。

読書が趣味というと…

読書が趣味というと、「それって無趣味と同じじゃない?」という誤解を受けることがよくあります。要するに、特に趣味にしているものがないので読書と言っているのではないかということです。確かに、趣味の定義は難しいかもしれません。本が好きだけれど、最近はなかなか読めていないという人でも、読書を趣味と言っている人もいるのでしょう。
例えば、私の場合では単に本を読むだけではなく、本屋さんに行く…といいますか、本屋さんに通うことも大好きです。月イチの発売日だけでなく、週に数回…同じ本屋さんに行くこともあります。それは、目的を持っていく場合もありますし、何となく「面白い本があるかな」と思っていくこともあるのです。これは本を読まない人には特にわからないことのようで、「どうして日を空けないで同じ本屋さんに行くの?」と言われてしまうほどです。
それから、外出の際には文庫本を一冊持っていきます。文庫本は、立ってでも読むことができるので、待ち合わせ場所に早く到着してベンチが無くても読むことができるからです。今は携帯電話などを触る人が多いようですが、つい本の方を手にしてしまいます。
単なる暇つぶしではなくて、定期的に本を購入して読んでいる…というのはきちんと趣味として成り立っているということで良いのかな?と思うのでした。

捨てたいものを捨てられないジレンマ

ゴミの捨て方って、各自治体によってかなり違いがありますよね。前に住んでいたところは結構ゴミの回収に関しては柔軟に対応してくれていたので気軽に捨てられたんですけど、今住んでいるところは結構厳しいので慎重にゴミを出さないといけません。もちろん、決まりは守ります。
今捨てたいものがいくつかあって、そのどれもが「そのまま出したら有料だけど、ひと手間かければ無料で回収してもらえる」というものなんです。たとえば、古くなった毛布。指定の大きさになるまではさみで切って出せば、燃えるゴミとして出していいんですが、そのまま出すなら粗大ゴミ扱いになるらしいのです。粗大ゴミで出してもいいんですが、他にも同じように捨てたいものがいくつかあるので全部をそれぞれ粗大ゴミで出していたら結構お金がかかるんですよね・・・。本だったら多少ぼろぼろでも古本屋さんへ行けば最悪引き取ってもらえますが、布製品は引き取ってくれるところや買い取ってくれるところがないのでどうしても捨てなければいけないので面倒ですね。ぼろぼろすぎて人にあげるとか言う次元でもないですし・・・。やる気を出して切るしかないんですけどね。なかなか思い腰が上がらないので困ります。

失恋したときには恋愛小説を読むべし!

友達が失恋したという噂を聞いて、落ち込んでいるんじゃないかと心配になって連絡をしてみたら、半年も前のことでした。半年も、なのか半年しか、なのかはわかりませんが・・・。飲もうよ!と言われたので、朝までグチを聞くつもりでお酒を買い込んで彼女の家へ行くと、相変わらずの漫画の海・・・そう、彼女は漫画が大好きで、それがきっかけで仲良くなった友達なのです。小説ばかり集めている私と、漫画だらけの彼女でお互いにお気に入りを貸しあったりして、バランスが取れていたんですよね。久しぶりに会ったら、前よりも本棚が拡大してましたが。
思ったよりも元気そうで、相変わらず漫画の話ばかりしていたので安心していると、突然真顔になって、「今はこうやって笑ってられるけど、夜になると急に悲しくなったりするんだよね」と言うのです。もちろん、真剣に付き合っていたようなので寂しくなるのは当たり前です。別れた以上連絡をしてはいけないという思いもあり、必死にさみしさの波と戦ってこらえているらしいんですが、ただただ涙が流れるんだとか。私は何だか聞いていて切なくなってしまって、そういうときには恋愛ものを読んで泣くんだよ!と、読みかけだった恋愛小説を置いてきました(笑)ちょっと心配になったので、これからはちょくちょく連絡をして遊びに連れ出そうかなと思っています。

私なりのデトックス方法

なんとなく体が疲れているなあって思ったときには、ゆっくりお風呂に入るようにしています。本当は、湯温はぬるめにしたほうがいいんだと思うんですが、私は汗をだらだらかきながら湯船に入って本を読むのが好き!なので、低くても40度です。冬場はお湯が冷めるのが早いので、43度くらいに設定して場合によっては追い炊きしたりするんですけどね。もちろん、汗をたくさんかくので水分補給は欠かさずにします。塩分も汗で出てしまうので、ミネラルたっぷりの岩塩を小皿に載せて持ち込んで舐めながらです。
こうやって時々気が済むまで読書をしてあげることと、お風呂に入ってしっかり汗を流してあげることが私にとってのデトックスなんですよね。特に、泣ける系のお話を読むのがいいんです。できれば、短めのもので、短編だとなおよしって感じです。しっかり読んで、たっぷり泣いて、たくさん汗をかいて、その分水分を取る。こうやって体の中にある悪いものと一緒に、悪い気持ちや悲しい気持ち、心の中にとどめておかないほうがいい感情をすべて流して入れ替えてしまう。言葉にしてみるとこんなに簡単なのに、こうやって儀式的なことをしないと上手くできないなんて、不器用だなあとは思うんですが、そんな不器用な自分が好きだったりします(笑)

文字に宿る憧憬

何年も昔に作家さんにサインしてもらった本を大切にしています。以前ラジオで、有名な俳優さんが「サインは名前を書くだけだから」と言っていました。確かにご本人にしてみれば、ちょっと名前を書くだけかもしれません。しかしもらった方にとってはその名前こそに価値があるんですよね。目の前で書いていただいたのならば、その状況もご本人の様子も思いだすことができるし、サインしたものを手に入れたのならば、どんなふうに書いてくださったのか、その場面を想像することができます。あの方が書いてくれた文字、というだけで心がうきうきしますし、見ていると元気が出ます。そんなわけで、サイン本は私の宝物です。ちなみにサイン本を手に入れた後、その本を読むのが勿体ないので、もう一冊同じ本を購入しました。サインの本は時々眺めて楽しんでいます。不思議ですね。その作家さんだって私たちと同じ人間です。そんなことはわかっているのに、その人がいる空間は特別だと思えるし、その人が書いた文字もこんなに大事にしてしまうんです。まさに、憧れの人。そこまでとはいかなくても、私も誰かに元気をあげられるような存在になりたいです。あなたと話すと楽しいと言ってもらえたら、最高ですね。

ブログの旅

作家さんの生活を垣間見るのが好きです。部屋や本棚の写真、読書遍歴など。エッセイで書いてもらえるのも嬉しいし、雑誌の特集などでまとめてある記事も好きです。人によっては作家の裏の顔や生活なんて知りたくない、作品のイメージが変わるのが嫌という人もいますよね。私はその作家さんの日常にこそ、作品のネタというか、生まれた理由が詰まっていると思っています。そんな理由から、作家さんのブログを見るのも好きです。作品は合わないけれど、ブログだけ読んでいる人もいるんですよ。本末転倒な気はしますけれど、その人はブログがとても面白いからいいのです。そしてブログやエッセイを読んでわかることは、どんなに素晴らしい作品を書いている人も、普通の人だということです。毎朝起きて、ご飯を食べて、書いて寝ています。怒ることもあれば泣くことも、笑うこともあります。病気もするし、遊びもします。そういう普通の人が素敵な作品を書いていると思うと、私も生活を頑張ろうって気持ちになるんですよね。特別だと思っていた人が私と同じごく普通の人であることが嬉しい……っていうと、おかしな言い方かもしれませんが。さて、今日もいろいろな方のブログを巡ってきます。

知っているようで知らないこと

昔から本は好きでした。でも最近覚えたことの一つに、本の呼び方といいんでしょうか、種類かな。とりあえず、そんなものがあります。たとえば文庫という呼び方。これは知っていました。でも親書というもののサイズを知ったのは最近です。A5がA4の半分だと知ったのも、多分去年くらいだったと思います。初めて友達と同人誌を出したときのことですから。その友達とは縁が深くて、仕事を手伝うたびにワードの使い方などを習っています。本のこともワードのこともそうですが、知っているようで知らないこと、知らなくてもなんとかなってしまうことって案外多いんですよね。前に類似の言葉を映画の中でも聞きました。「世の中にはねえ、知っているようで知らないことってたくさんあるんですよね」って。たとえばムーミンのサイズが電話帳の大きさくらいだと知ったときはたいそう驚きました。人間サイズだと勝手に思っていたんですよ、私。それにドラえもんの手の中には五本指のマジックハンドがあると知ったときも(だから物を持てるらしいですよ)あと、ジャムおじさんは人間じゃなくて妖精だということも!正確には妖精に近い存在、らしいですけどね。知らなくても大丈夫、でも知っていると、ちょっと楽しい気持ちになれますよね。

ある休日の予定など

ついさっき文庫本を一冊読み終えました。さあて、今度は何を読もう。積読本を選ぶために本棚を覗き、ずいぶんいらない本があることに気づきました。……いらないは正しくないですね。今はそんなに興味のない本と訂正します。一時期夢中になっていたエッセイや、友達に勧められて読んだけれど、再読はしないだろうなあと思う本たちです。基本的に本の置き場が狭いので、本棚の中身は回転させないといけないんですよね。明日は仕事が休みだし、廃品回収の日も近いので、ちょうどいい整理のタイミングかもしれません。ついでにスクラップブックも整理しようかな。気になった新聞記事や雑誌記事は切り抜いてノートに貼っています。ときどき気が向いたときに読みなおしたり、追加で調べ物をしたりすると、新たな発見があっておもしろいんですよ。あとは、そうだなあ。メモの整理もしようかな。メモ魔というほどではないけれど、いろいろなことを書きとめているノートがあるので、それもたまにはね、中を見ないと。予定がないからのんびりしようと思っていた休日が、いきなり忙しくなりそうな予感がします。でもそれよりなにより、まずはぐっすり眠りたいな。最近多忙で睡眠時間が短くなっているんですよね。目覚ましは止めて寝ることにします。

官能小説を読む

友人に、団鬼六先生の小説を勧められました。なぜいきなり彼がでてきたのかはわかりません。名前だけは聞いたことがあったのですがどんなものを書いている方か知らず、さっきインターネットで調べました。官能小説の大家、なんですねえ。最近は女性向けのティーンズラブ小説なんかも相当エッチではありますが、やはり官能小説とは違いますよね。最近のは、なんでしょう。官能小説のライトノベル版みたいな感じといえばいいんでしょうか。でも出版されているのはフランス書院さんだったりしますから、官能関連ではあるんですよね。まあ読者ターゲットが、片方は男性、片方は若い女性と違いますから、中身も変わってくるんでしょう。要は求めるものが違うんですね。ちなみに私はどちらも読みます。というか、読めます。好き好んで集めたりはしませんが、やっぱり色々な本に触れてみたいので、後学のためにと読んだりもしますね。どんな後学?ってよく聞かれますが、たくさんの文章に触れたいんですよ、私。どきどきする文章や表現を目にしたいんです。それは古典作品にあったりライトノベルにあったりさまざまですから、読む本もさまざまというわけです。とはいってもホラーとかは苦手ですけど……。