心躍る筆記具セット

小さい頃、貰って嬉しかったもの。それは、筆記用具セットです。箱詰めされたその中身は、鉛筆2、3本、消しゴム、定規、ちょっと薄めのノート。これだけでどうしてあんなにテンションが上がったのか、まさに魅惑の書き物セットでした。人形やぬいぐるみなどのオモチャとは違うものを貰うことで、子供ながらに少し大人になったような気持ちだったのかもしれませんね。今でもああいった筆記用具セットがあるのだろうか、と、ふと懐かしく思い出していたら、なんと友人が筆記用具セットをプレゼントしてくれたのです。
私が貰ったその筆記用具セットは、誰もが知っている海外のおとぎ話をモチーフにしたもので、絵柄がとても繊細で美しく、見ているだけで癒されるような素敵なセット内容になっていました。これは当分の間は使えなさそうですね。飾って眺めて楽しもうと思っています。
まさかこの歳になってこういったものを貰えるとは思ってもみなかったのですが、子供の頃のあの気持ちを思い出してなんだかとても嬉しくなりました。三つ子の魂なんとやら、私って変わってないんだな、と思うと、少し恥ずかしいような気もしますね。なんだかまたかわいい筆記用具セットをもっと探してみたくなってしまいました。

推理モノを楽しむ

私が始めて触れた推理モノは、子供の頃テレビで毎週放送されていた、海外の有名な推理小説を元にしたドラマでした。まだ小さかったとは言え、その謎を追う探偵のキレる推理には度肝を抜かれる思いでしたし、予想外の展開やその緊張感、スピード感に夢中になったものでした。海外ドラマですから、当然登場人物は全員外国人です。見慣れないミステリアスな風貌に、ストーリー以上にドキドキさせられたりもしたものでした。今思い出してもあの時のなんとも言えない気持ちが甦ってきます。
その影響もあってか、今でも推理モノのドラマや映画は大好きでよく観ますし、小説も読みます。小説で推理モノを読むときは普段本を読む時よりも頭を使いますので、落ち着いて本と向き合えるような環境を整えなければなりません。
ドラマでも小説でも同じですが、私の場合は自分でその謎を解こうとはせず、ただただそのストーリー展開を楽しみます。謎を解こうとすると、なんだか言いようもない切迫感というか、妙な責任感に襲われてしまうような気がして心から楽しむことが出来なくなってしまうからです。
純粋にその物語の進み具合に乗っかってしまうという形が、私にとっては一番心地よいようです。

リラックスタイム

リラックスタイムがあるということは、大人になるととても重要で、日々の生活に追われて余裕がなくなってしまっているようなとき、ほっと一息ついて充電するために、あえて作っていかなければならない時間だと思います。意識してそのような時間を設けないと、「なんとなく何もしないで1日が終わってしまっただけ」ということにも成りかねません。意識して作っていくことでメリハリもつきますし、「あと○日頑張れば…」という目標設定にもなり、その日に向かって頑張ればご褒美が待っている!という気持ちにもなれ、モチベーションを維持していけると思うのです。
ちなみに私の場合をあげてみますと、一週間のうちのどこか1日は、好きな読書をしたりアクセサリーを作ったりするという日を設けるようにしています。ただダラダラと過ごすよりも意識も上がるような気がしますし、なにより達成感を感じることが出来るので、「為し遂げた!また頑張ろう!」と思えるような気がします。
その人にとってどんなことがリラックスに繋がるのか、それは個人それぞれ違うと思います。私のように、何をするか決めることが全てではありません。自分にとってどういう時間の使い方がベストなのか。それを知ることがまず大事なのでしょう。

季節のイベントさえも読書家たちは利用する

読書は、年中を通して行うことができる趣味です。
読書の秋とか、読書週間といった期間がありますが、すでに趣味にしている身としてはあまり関係がありません。
しかし、好みの本ばかりを読んでいるとやや飽きてしまうことがあります。そんな時には、最近話題になっていることに関連した本や、季節に関連した作品を手に取ります。
図書館や本屋さんでも、季節によってはバレンタインやクリスマスといったイベントに関連づけて特集を組むことがあるのです。プレゼントやお菓子、料理のレシピ本だったり、イベントに特化した小説などが並びます。
普段は、このような季節のイベントにほとんど関係のない私でも、本を通して時の移ろいを感じられることが多くなりました。恋人がいない、キリスト教ではないといっても、世間が盛り上がっているとどうしても気になってしまうものです。一人でケーキやチョコを購入して楽しむこともできますが、大好きな本の世界から、そのイベントの香りを感じることもできるようになりました。
こんな読書家は、きっと私だけではなく、世界中の本好きが味わっていることなのかなと想像したりもします。本を通じて、季節のイベントを体感することができるなんて、お手軽かもしれませんね。

グルメ雑誌も楽しい!

本は好きでも、雑誌は大判なものが多いですし、手にするとキリがないので購入しないようにしています。どこかへ出かけるときには、ピンポントで知りたい情報をインターネットから得るようにしているのです。それでも、時間つぶしなどでたまに雑誌を手に取ると、なかなか面白く編集されていて、つい読み込んでしまいます。
やはり冊子状になっていると、パソコン画面よりも目に優しいためか読みやすいですし、一目で関連した情報を得ることができます。目的があって調べるのですが、パソコンですと自分が求めているものをキーワードや地名、料理名などで検索していかなければなりません。その反面、雑誌はただただ求めているテーマの本を開けば、オススメの情報で溢れているのです。
特に、最近私がお気に入りにしているのは、グルメ雑誌です。お店の情報とオススメメニューがピックアップされていますが、近隣にあるお店を一つの地図で確認することができるので、位置関係がとてもわかりやすいと思います。場所によっては、お店の回転がはやいところもあるかもしれません。時間が経つと確認が必要になってきますが、気になったお店のページにはふせんを貼っておけばキープすることができます。行ったことのないお店でも、何度も何度も見ているうちに、すっかりお気に入りになり、都合が付いたらすぐに行くことができるようになっていることもあるのです。

読書のメリット

読書には、どうやら高いリラックス効果があるということが分かっているようです。読書が苦手という方は好んで本に手を伸ばすようなことはないのかもしれませんが、日頃から本に親しんでいる私としては、なるほど、と納得させられます。
また、読書には他にも様々な効果があるようなのです。テレビや漫画を見たときには見られないような脳の活性化が確認されてもいるとのことです。本を読むことで想像力がどんどん培われ、まるで自分が体験しているようなリアルさを味わうことも出来ます。先を読んだり、他人の気持ちを慮る配慮の心も作られていきます。読書を通して色々な世界に生きることが出来るのです。
コミュニケーションに自信がない人が本を読むことで、その中で色々な人との対話を疑似体験することが出来、実際のコミュニケーションにも活かすことが出来るのだとか。会話のバリエーションを増やすということは様々な場面で有利に働きそうですね。
他にも、読書には色々なメリットがあるようです。この事を考えると、小さい頃から本に親しんでおくことの重要性を感じます。お母さんがお子さんに読み聞かせをしている姿に和みながら、ふとそんなことを考えたりしてしまった今日の私なのでした。

事実は小説よりも…

事実は小説よりも奇なり、とはよく言われていることです。
私は特にフィクションが大好きで、単なる活字の中でも、どきどきワクワクするアクションや心理描写があると一人で本を読んでいて盛り上がります。
ときに、内容に感化されて「こんなところに行ってみたい」「あんな恋がしたい…」と思うものです。
しかし、世の中にはどんな小説よりもスリリングな体験をした人がいるものなのですね。
私の趣味の一つに、インターネットサーフィンがあります。一日の終わりに、リラックスして今日の出来事、面白いニュースなどをインターネットで見ることが楽しみなのです。
その中で、タイムリーではありませんが、世界中のびっくりニュースが出てくることがあります。何十年と思い続けてきた初恋の人との結婚、びっくりするような場所から救出された猫、病気からの奇跡的な生還…などなど。日本のニュースだけではありませんが、それでも同じ人類。海外の話題も、ときに感動を呼びます。
たまに、小説でも映画でもフィクションでありながら実際のあるエピソードを元にしたという裏話を聞くことがありますよね。やっぱり、事実は人間の想像力をはるかに超えてさまざまなことが起こりうるのだと思います。自分の身に起こったら、果たして私は上手に対処することができるでしょうか?

好きだ、という気持ち

私の知人には、いろんな分野で活躍している才能豊かな人がたくさんいます。学校の先生であったり、個人事業の経営者であったり、永年勤続うん十年という頑張り屋さんもたくさんいます。それぞれのフィールドでそれぞれの知識や技術を活かしていくということは、思った以上に難しく。時には投げ出してしまいたくなることも多いのではないでしょうか。
私の古くからの友人の一人に、好きな本屋さんで働くことが叶った友人がいるのですが、そこでたくさんの新しい知識を吸収し、増やし、数年後には図書館で働くことが出来るまでになったそうです。そこで、今はまた違う資格を取得するために勉強を始めたとのこと。彼女の頑張り、更に上を目指そうという純粋な意欲には本当に頭が下がるような気にさえなります。
好きこそものの上手なれという言葉がありますが、この友人はもともとの本好きという気持ちが原点にあったからこそ、年齢を重ねながらいつも挑戦することが出来るのだなぁと改めて感じます。
なにかが好きだ、という単純明快な感情がなにかを生み出す可能性が十分あると思いますし、その気持ちを持ち続けることがとても大事なのかもしれません。過去の数々の偉人たちを見ても、最初のきっかけは本当に些細なことであったり、子供のような純粋な想いであったというケースが多いと思うのです。

日本語の美しさ

言葉の持つ力、文字が放つ力というものは、とても偉大で影響力のあるものだと思います。漢字一文字とっても、そこから感じること、受ける印象は人それぞれ違い、時には暖かく、時には厳しく感じることでしょう。
特に日本人は特有の情緒であったり、わび、さびといった独特の捉え方があり、豊かな表現力を持っていると思うのです。海外の方が、よく「日本語は難しい」とおっしゃることがありますが、それはこのような古来からの日本的な風習、表現の在り方によるものが大きいと思います。
季語があったり、時節の挨拶があったり、お祝い事の際の言葉の使い方などなど、シチュエーションによって巧みに言い回しを変えることが出来るということは、とても豊かなコミュニケーション能力だと言えるのではないでしょうか。また、相手を思いやるという心掛けがなければこのような表現もなかなか出来なかったりするのではないかとも思えるのです。
昨今では若者を中心とした活字ばなれ、SNSへの依存、表現力の乏しさなどが懸念されていると言われますが、年代関係なく日本語の美しさ、豊かさをもう一度振り返り、自分の生活にどんどん取り入れていくことが必要なのではないでしょうか。様々な言葉、文字と触れ合う機会を増やしていくことが大事なのかもしれません。

音と文字

私たちの生活の中には、たくさんの音と文字が溢れています。意識しようとしまいと、音や文字が一切ない1日などないのではないかとさえ思います。文字を組み合わせた文章で綴るポエムや小説、音を重ねて膨らませた音楽、それらに、私たちは無意識の内に癒され、励まされているのではないでしょうか。
先日、友人にこんな話を聞きました。その友人が学生だったころ、精神的にとても苦しく切迫感を感じながら日々を過ごしていた時期があるのだそうです。もともとあまり本を読むということに興味がなかったらしいのですが、気分転換になんとなく本屋へいってみたときの話です。
見るともなしに本棚に陳列されている文庫本の背表紙を眺めながら歩いていたとき、一冊の本のタイトルにハッとさせられたのだそうです。そのタイトルは、確か、「明日はまたくる」というようなタイトルで、明確には覚えていないようなのですが、そのタイトルを見たときに、素直に「そうだよな…」と納得し、背中を押されたような気分になったのだと教えてくれました。
どこにでもあるような言葉や音楽だったとしても、そこから瞬間的になにかを感じ、なにかを得るということが少なからずあるのではないでしょうか。他の誰がどう感じるかではなく、自分がどう感じたのか。それを大事にしなければならないときがあるのではないでしょうか。
理論や常識だけで生きていくには少々息苦しいと感じたとき、アンテナを伸ばして音楽や文章に触れてみるというのもいいかもしれません。