疲れた一日が素敵な時間に

映画を見に行きチケットを買った後、私はいつも売店でパンフレットを買います。それから始まるまでの時間は、店内をうろついたり、ジュースを買ったり。座席は指定ですから、たいてい、そんなに急いで会場へは向かいません。わりとぎりぎりです。
しかしそのときは違いました。パンフレットなんて全然買えず、席に行くまでは大混雑。大盛況の作品だったからです。人ごみで酔ってしまって、映画を見ているときも、体調は散々。やっと終わったときは、これで解放されたという感じで、よたよたとその場を後にしました。もちろん、作品は素晴らしかったのですよ。ただ私の具合が、良くなかっただけです。
そしていざ帰路につこうとしたところで、パンフレットを買ってないことに気付いたのです。でもまたあの人ごみの中に戻る気にはなれず、残念だったなあとため息をついていたところ、立ち寄った書店で、その原作が売られているのを見つけました。そうだ、代わりにこれを買おうとさっそくレジに並び、自宅に戻ってから目を通したら、映画とだいぶ内容が違うんですね。びっくりすると同時に、ぐいぐいと世界に引き込まれてしまいました。疲れた体に面白い本。冴えない一日が、素敵な日になりました。

部屋の片づけと心の整理

以前何かで、自分がついていないと思う時は、部屋の片づけをしなさいという文章を読みました。心の乱れはそのまま、部屋の混沌になるというのです。そんなことはないだろうと適当に流してしばらく後、私はその教えが正しいことをしりました。落ち込んだ友人を励ますために部屋に行ったら、今までにないくらい、ごちゃごちゃになっていたからです。
たいして信じていなかった文言なのに、なぜかそれが頭をよぎり、私は友人と一緒になって、熱心に部屋を片付けました。そして二時間後、部屋はすっきり、部屋に入る風すら心地よく気がして、疲れ切ったはずの私たちの顔には、笑顔が浮かんでいたんですよ。それを気に、友人もだんだん明るくなっていきました。
部屋の掃除がきっかけなのか、それともその間に話していたことが要因なのかは、わかりません。ただあのフレーズは、確かに私達の役に立ち、ふたりを元気づけてくれました。信じていないと思いつつも、それが記憶の片隅に残っていたことも、きっとなにかのご縁だったのでしょう。今後はもし部屋が散らかってきたら、自分の気持ちがへこんできているのだと考えて、気分転換を心がけようと思います。もちろん友達にも、同じアドバイスをするつもりです。

クリアファイルでブックカバー

自宅になぜか、たくさんのクリアファイルが余っていました。何かのおまけに貰ったり、気に入って買ったりしていたのが原因でしょう。イラストがいっぱいついたかわいいいものは、親戚の子供が喜んでもらってくれるのですが、シンプルなものはそうもいかず、かといって入れる紙がそれほどあるわけでもないので、長い間に、箪笥の肥やしとなっていました。
場所をとるものではないと思いつつも、何十枚もたまってしまえば、いつまでも放っておくわけにはいきません。解体して棚の埃避けにしたり、丸めてブーツの形を整えるのに使ったりしたほかは、ブックカバー作りに挑戦してみました。インターネットで、リメイク方法を検索したのです。
カッターがあれば簡単というので、見よう見まねで挑戦してみましたが、チャレンジすること三十分。時間はかかったけれど、なかなか上手にできるものですね。なにせもとがクリアファイルですから、少々お茶をこぼしたところで気になりません。先日、お気に入りの小説に紅茶を垂らしてしまった私には、とても心強く、ありがたい物となりました。せっかくだから、友人達にもこの作り方を教えてあげようかしら。余った端はお揃いのしおりにもなるし、なかなか便利なのですよね。

大事なのはオンとオフのバランス

小説を書くのは、とても孤独な作業なんです。そう言ったのは有名な作家さんでした。かなり昔のことなので名前は忘れてしまったのですが、最近、それをもっと若手の方からも聞いたのですよ。確かに、一日中パソコンのキーボードを売っているのかと思えば、納得もできますよね。机に向かうのは漫画家も同じと言ったところで、彼らの場合はアシスタントさんと一緒のこともあります。でも作家で、お手伝いを雇っているという話は、聞いたことがありません。作業が分担できないから、必然的にひとりの活動となるのでしょう。
でも、彼らはただ家にこもっているわけでもないようです。別の方は、執筆作業ばかりに時間を割いてはいけないと語っていました。一見時間の無駄と思われるような趣味や遊びの中からこそ、アイデアは生まれてくるのだそうですって。そのため、書くこと以外には興味を向けずに、家の中にばかりいると、小説の世界が狭くなるとのことでした。これもまた、なるほどと納得です。
書く時は集中して孤独になり、遊ぶ時は全力でというバランスが、大切なのでしょう。素敵な話を書くための心遣いに、これこそがプロなのだろうなと思いました。生活と創作活動は、密接に繋がりあい、平行されていくものなのですね。

変わらぬ時間を過ごせる喜び

いつだったか、友人が半泣きになりながら電話をしてきたことがあります。これは大問題発生かと身構えたのは一瞬のこと、「この前の番組、録画してない?録れてなかったの」と言うので、安心するやら同情するやら、思わず苦笑してしまいました。どうしてかわからないけれど、タイマー予約がうまくできていなかったのだそうです。興味のない人からすればそれくらいのことで終わる話ではありますが、これはショックですよね。当然私も、経験があります。
幸い私も録画してあったのでそう伝えると、数日後、友人は我が家にその作品を見に来ました。しかも料理好きな彼女の、お手製のお菓子付きです。こちらは撮ったものを見せるだけなのに、なんだか得をした気がしますね。彼女は学生時代のように楽しくおしゃべりをして、ついでに私が集めている小説を借りて、帰って行きました。今まではとうてい縁のなかったジャンルなので、しきりに「こんなのも読むようになったんだね」と驚いていましたっけ。人間年をとれば変わるのよ、などと、嬉しいのかそうでないのかわからない言葉に二人で笑うと同時、それこそ両手の指では足りないほどに長い期間を、一緒に過ごしていられたことに感謝しました。

食事バランスガイドで原点回帰

食事バランスガイドを守ると長生きするという記事を読んだことがあります。文字だけを見た時はなんのことかわからなかったのですが、イラストを見て、なるほどと納得しましたね。それは学生時代に保健室や家庭科室に貼り出されていたものと同じだったんです。
逆三角形が横に四つの層に区切られており、最上部にごはん、次に副菜の野菜など、次がメインの肉や魚、最後が乳製品や嗜好品の絵が描かれています。逆三角ですからもちろん、上から下に行くにつれてスペース、すなわち必要量が少なくなっていますよ。私が幼かった時と違い今は食育教育が熱心で、今は学校で朝食を食べさせるところもあるらしいですから、それを考えると、子供に負けぬよう、大人も再度知識を頭に入れる必要があるのかもしれません。
ただこれらは、祖父母や両親と一緒の食生活をしていれば、自然と身につくものでもあるのですよね。それを考えると、あえてこうして視覚化しなければいけないのは、個食が増えているからかしらと思ったりもします。良いのか悪いのかは着眼点や発想次第というわけです。ただ私は、これを機に、書棚の奥から栄養の成分表を取り出してきました。食事は毎日続ける大切なもの、たまには基本に返るのもいいでしょう。

ひとつの言葉、人によって変わる意味

先日読み終えた諸説の中で、イギリスの車は右ハンドルで、車線は左側通行だと知りました。しかしそれ以外のヨーロッパの国々は、左ハンドルに右側通行が多いのだとか。これほど違ったら運転が大変だろうなあと思うのと同時に、ふと、外国に渡ったら日本の車も『外車』と呼ばれるのだろうか、と思いました。だって『国産車』はその国の物という意味ですものね。当たり前のこととはわかっていても、とても不思議な感じがします。
しかしそう考えると『母国語』も日本では当然日本語をさすけれど、国によって英語だったりフランス語だったりと変わるんですよね。母なる国、いわゆる育った土地の言葉というのは、単一の意味なのに、なんて幅広いものになるのでしょう。今までそんなこと、気付いたことすらありませんでした。
かつて大和言葉に興味を持って、それが載っている本を購入したことはあります。それによると、たとえば『体調に気を付けて』という意味で使う『ご自愛ください』は、『お身体をお厭いください』となるんですって。漢字が続くよりも、柔らかい印象です。丸いひらがなが温かい感じ、カタカナは冷たい感じがするし、毎日使っている者なのに、本当に言葉って奥が深いです。

年齢制限のないプリンセス

先日、造花の薔薇を一輪買ってきました。部屋に緑を置くとストレスの解消になる、難しい人は造り物でもいい、という情報を貰ったからです。花瓶はないので、いつも座る場所から一番見やすいところに、適当に立てておいたのですが、これはとてもいいですね。そこに綺麗な花があるだけで、自分が乙女になったような気がするんです。
もちろん、話を教えてくれた人は純粋に、植物があるといいと言ったことはわかっていますよ。でも、別の意味でも癒されますね。もしかしたら、自分はとても着られないような素敵な洋服とか飾ったらもっと元気になれるかもしれないと考え……ふと、冷静になりました。
確かに子供時代はプリンセスに憧れたものです。しかしまさか、大人になってもその気持ちが残っていたのでしょうか。中学生くらいの頃には、お姫様ではなくどちらかというと騎士になりたかったのになあと、学生時代に読んでいた本の表紙をめくってみれば、やはり格好いい男性が、剣を振るっているイラストがあります。では今はどうだろうと、今度は一番手前にある少女漫画の表紙をちらり。ああ、お姫様ではないけれど、ドレスを着た女性が微笑んでいます。やっぱり私、年甲斐もなくプリンセスに憧れているのかしら。

作家と繋がるインターネット

大好きな漫画家さんのオンライン連載が、週に一度更新されています。楽しみにしてはいるものの、多忙な毎日にどうしても忘れがちなのが、勿体ないところです。しかしその作家さんのSNSやブログをチェックするようになってからは、更新してすぐに必ず読めるようになりました。インターネットで漫画が読めることもですが、こうして情報を知らせてくれるのも、ありがたいことです。
それ以外にも、近況がわかったり、感想を伝えたりすることができ、最近は本当に、クリエーターと読者の距離が縮まっていると思います。先日も、どうしても気になることがあって作家さん本人に質問をしたら、丁寧に答えてくださったんですよ。あれはとてもうれしかったです。連絡をする前には、この言葉が相手に失礼だったらどうしようとか、大切なお時間を奪ってしまうことにはならないかとか、小一時間も悩んだというのに、それがすべて吹き飛びました。
そうはいっても、私とその人は友達ではありませんから、連絡はその時限りです。感想は編集部を通したほうがいいかなと思っているので、手紙を送っています。ただ大好きな方が今何をしているのか、どんなことが好きなのかと知ることができるので、やっぱりインターネットで繋がることは、素晴らしいと感じます。

本と添い寝で腰痛に

先日目覚めた直後、腰に激痛がはしって驚きました。ぎっくりというほどではないのですが、私は一体どんな寝相で寝たんだろうと考えるレベルではあります。ゆっくりと体を起こして布団を見たらなんと、寝ていた下に本と携帯が転がっていました。これがあったから痛くなったのでしょうか。
まさかそんなことでと思いつつも、「夜中気付いたら、ベッドの上に猫が集まっていて寝返りがうてなくて、そのまま眠ったのだけど、起きたら体中が痛かった」と言っていた友人もいたので、可能性としては十分に考えられます。まったく、昨夜の自分を怒ってやりたいです。
幸い本には厚いカバーを付けていたので、どこも折れてはいませんでした。これが雑誌だったりしたら、きっとページがぐちゃぐちゃになってしまっていたことでしょう。いただき物の包装紙を適当に折って作っただけのブックカバーも、なかなか頑張ってくれます。しかし大切な本ですから、今後はせめてもう少し、慎重に扱わなければいけませんね。知人のように、枕元に小さな本棚を作ろうかしら。彼女はそこにお気に入りを集めて置いていて、就寝前にどれか一冊を手に取るのだとか。そこに片付ける習慣がつけば、添い寝はなくなるかもしれません。