文字に宿る憧憬

何年も昔に作家さんにサインしてもらった本を大切にしています。以前ラジオで、有名な俳優さんが「サインは名前を書くだけだから」と言っていました。確かにご本人にしてみれば、ちょっと名前を書くだけかもしれません。しかしもらった方にとってはその名前こそに価値があるんですよね。目の前で書いていただいたのならば、その状況もご本人の様子も思いだすことができるし、サインしたものを手に入れたのならば、どんなふうに書いてくださったのか、その場面を想像することができます。あの方が書いてくれた文字、というだけで心がうきうきしますし、見ていると元気が出ます。そんなわけで、サイン本は私の宝物です。ちなみにサイン本を手に入れた後、その本を読むのが勿体ないので、もう一冊同じ本を購入しました。サインの本は時々眺めて楽しんでいます。不思議ですね。その作家さんだって私たちと同じ人間です。そんなことはわかっているのに、その人がいる空間は特別だと思えるし、その人が書いた文字もこんなに大事にしてしまうんです。まさに、憧れの人。そこまでとはいかなくても、私も誰かに元気をあげられるような存在になりたいです。あなたと話すと楽しいと言ってもらえたら、最高ですね。

ブログの旅

作家さんの生活を垣間見るのが好きです。部屋や本棚の写真、読書遍歴など。エッセイで書いてもらえるのも嬉しいし、雑誌の特集などでまとめてある記事も好きです。人によっては作家の裏の顔や生活なんて知りたくない、作品のイメージが変わるのが嫌という人もいますよね。私はその作家さんの日常にこそ、作品のネタというか、生まれた理由が詰まっていると思っています。そんな理由から、作家さんのブログを見るのも好きです。作品は合わないけれど、ブログだけ読んでいる人もいるんですよ。本末転倒な気はしますけれど、その人はブログがとても面白いからいいのです。そしてブログやエッセイを読んでわかることは、どんなに素晴らしい作品を書いている人も、普通の人だということです。毎朝起きて、ご飯を食べて、書いて寝ています。怒ることもあれば泣くことも、笑うこともあります。病気もするし、遊びもします。そういう普通の人が素敵な作品を書いていると思うと、私も生活を頑張ろうって気持ちになるんですよね。特別だと思っていた人が私と同じごく普通の人であることが嬉しい……っていうと、おかしな言い方かもしれませんが。さて、今日もいろいろな方のブログを巡ってきます。

知っているようで知らないこと

昔から本は好きでした。でも最近覚えたことの一つに、本の呼び方といいんでしょうか、種類かな。とりあえず、そんなものがあります。たとえば文庫という呼び方。これは知っていました。でも親書というもののサイズを知ったのは最近です。A5がA4の半分だと知ったのも、多分去年くらいだったと思います。初めて友達と同人誌を出したときのことですから。その友達とは縁が深くて、仕事を手伝うたびにワードの使い方などを習っています。本のこともワードのこともそうですが、知っているようで知らないこと、知らなくてもなんとかなってしまうことって案外多いんですよね。前に類似の言葉を映画の中でも聞きました。「世の中にはねえ、知っているようで知らないことってたくさんあるんですよね」って。たとえばムーミンのサイズが電話帳の大きさくらいだと知ったときはたいそう驚きました。人間サイズだと勝手に思っていたんですよ、私。それにドラえもんの手の中には五本指のマジックハンドがあると知ったときも(だから物を持てるらしいですよ)あと、ジャムおじさんは人間じゃなくて妖精だということも!正確には妖精に近い存在、らしいですけどね。知らなくても大丈夫、でも知っていると、ちょっと楽しい気持ちになれますよね。

ある休日の予定など

ついさっき文庫本を一冊読み終えました。さあて、今度は何を読もう。積読本を選ぶために本棚を覗き、ずいぶんいらない本があることに気づきました。……いらないは正しくないですね。今はそんなに興味のない本と訂正します。一時期夢中になっていたエッセイや、友達に勧められて読んだけれど、再読はしないだろうなあと思う本たちです。基本的に本の置き場が狭いので、本棚の中身は回転させないといけないんですよね。明日は仕事が休みだし、廃品回収の日も近いので、ちょうどいい整理のタイミングかもしれません。ついでにスクラップブックも整理しようかな。気になった新聞記事や雑誌記事は切り抜いてノートに貼っています。ときどき気が向いたときに読みなおしたり、追加で調べ物をしたりすると、新たな発見があっておもしろいんですよ。あとは、そうだなあ。メモの整理もしようかな。メモ魔というほどではないけれど、いろいろなことを書きとめているノートがあるので、それもたまにはね、中を見ないと。予定がないからのんびりしようと思っていた休日が、いきなり忙しくなりそうな予感がします。でもそれよりなにより、まずはぐっすり眠りたいな。最近多忙で睡眠時間が短くなっているんですよね。目覚ましは止めて寝ることにします。

官能小説を読む

友人に、団鬼六先生の小説を勧められました。なぜいきなり彼がでてきたのかはわかりません。名前だけは聞いたことがあったのですがどんなものを書いている方か知らず、さっきインターネットで調べました。官能小説の大家、なんですねえ。最近は女性向けのティーンズラブ小説なんかも相当エッチではありますが、やはり官能小説とは違いますよね。最近のは、なんでしょう。官能小説のライトノベル版みたいな感じといえばいいんでしょうか。でも出版されているのはフランス書院さんだったりしますから、官能関連ではあるんですよね。まあ読者ターゲットが、片方は男性、片方は若い女性と違いますから、中身も変わってくるんでしょう。要は求めるものが違うんですね。ちなみに私はどちらも読みます。というか、読めます。好き好んで集めたりはしませんが、やっぱり色々な本に触れてみたいので、後学のためにと読んだりもしますね。どんな後学?ってよく聞かれますが、たくさんの文章に触れたいんですよ、私。どきどきする文章や表現を目にしたいんです。それは古典作品にあったりライトノベルにあったりさまざまですから、読む本もさまざまというわけです。とはいってもホラーとかは苦手ですけど……。

人の文字には味がある

友達から届いたはがきを眺めながら、人の書く文字はいいなあと思っています。本好きな私は文字がずらっと並んでいるのを、見ることが好きです。変な好みがあるんですよ。たとえば、カタカナよりもひらがなが好きです。だから手紙等で自分の名前を書くときは、たいていひらがなで書きます。(便箋の最後に書く、○○より、とかいうところです)それはフォルムが丸くてやわらかい感じがするからなんですが、友達に言ったらすごく不思議がられました。「私はどっちでもいいよ。むしろカタカナの方が読みやすい気がするけれど。まあ普通の人はどうでもいいよね」だそうです。でも私はそういう小さな好みがあるので、人の文字を見るとなんとなく、その人の性格というか、気持ちというか、そういうのがわかる気がするんですよね。うまい下手ではありません。あくまで雰囲気というか、感じというか、その程度。だから年賀状とか見るの、結構好きです。まあ最近はみんなパソコンが主流になっていますけどね。ちなみに私は年賀状は自筆です。イラストも描きますよ。とはいっても下手なので、蛇みたいな辰とか描いて、笑われましたけどね。初笑いとか言われます。失礼な!とは言ってみるものの、人を笑顔にできるのならば、蛇みたいな辰もまんざらではありませんよね。

五年後に向けて今していること

寝不足で頭ががんがんしています。最近ちょっと勉強していることがあるので、夜布団に入るのが遅くなっているんですよね。仕事と勉強。なかなかにハードですが、今後のためには今が踏ん張りどころだと思っています。でも体が疲れてくると、気持ちまで落ち込んでしまうのが私の悪い癖。よおくわかっているので、せめてと机にはかわいいマスコットや写真集や、お気に入りのポストカードを並べています。父が作ってくれた机に、自分で作ったデスクマットを敷いています。それはいろいろなものを挟めますので、そこにびっしりポストカードを入れているんですよ。仕事で疲れて勉強をやる気がしないとき。勉強に飽きてしまったとき。ちょっと眺めると「ああがんばろう」って気持ちになることができるので、自分としてはなかなかのできではないかと思っています。そのお気に入りのポストカードに向かって「私、がんばるね」なんて言っていると、「簡単な子だねえ」と母には笑います。でも、簡単、お手軽、大いに結構。自分を鼓舞するのに手間をかけてどうするのって話ですよ。勉強したことを役立てて、遠くないうちにステップアップをしたいです。今に見ておれ、お母さん!五年後を期待して!だから今は、優しく見守ってください。

決まりなんてない!本の読み方

嬉しい連絡がありました。メールだったのですが、どきどきしすぎて文章が頭に入らないくらいでした。何度も何度も読み返してやっと理解。こういうのって、小説でもありますよね。楽しみにしていた本がやっと発売したとき、私は大抵こんな状態です。嬉しすぎて目が文字の上を滑ってしまって、内容なんてちっとも理解できなくて。ちょっと冷静になるまで数日間置いたりすることもしばしばです。それか、ラストだけ読んでしまうとか。ネットでネタばれや感想を見てしまうとか。それはだめだよ、ルール違反だよなんて言う友達もいるけれど、小説の読み方に決まりなんてないって思っています。最後から読もうと真ん中から読もうと、読み手の自由ですよね。まあ……作家さんとしては、前から順序よく読んで、狙った通りどきどきはらはらしてほしいと思いますけどね。そうそう、友達が文章を書いているんですが、私、すごく狙った通りの反応をするらしいんですよね。わかりやすいって言っていました。それって単純ってことなのかな。え、もしかしてからかわれてる?って思ったりもしたけれど、読者にいてくれるとありがたい人と言われたので、なんだか嬉しい気持ちになりました。それこそわかりやすい反応なのかなあ。

ちょっと素敵な小さな嘘

「太陽が海に沈むときは、じゅーって言うんだよ」そんなセリフを見つけたのは、小説の中だったと思います。誰の何という小説だったのか…。詳しいことは忘れてしまいましたが、素敵だなあと感心したのは覚えています。こんなことを信じるのは小さな小さな子供だけ。とうに大人の私は当然これが本当ではないと知っています。でもなんか、とてもあったかい気持ちになったんですよ。まるで、サンタクロースを信じていた子供時代にかえったような気がしました。お父さんは何でもできて、お母さんの料理は特別おいしくて、おじいちゃんとおばあちゃんは何でも知っていると思っていた頃。サンタクロースがうちに来ないのは、煙突がないからだと思っていたあの頃。仏教徒だからという、今考えれば面倒だからと同義の理由でプレゼントは届かなかったのに、それでもいると信じていたのはどうしてなんでしょうね。いつか子供に話すときがあったら、私も言いたいです。太陽が海に沈むときは音がすること。海が青いのは、空の色が映っているからだということ。お月さまにはうさぎがいて、おもちをついているということ。ちょっと不思議でファンタジックな小さなお話を、「そんなわけないじゃん」とか言われながら……子供に伝えていきたいです。

センチ単位で生きています

憧れの方がプラモデルを作るのが好きらしいので、私も作りたくなっています。でも私、すごく不器用なんですよね……。プラモデル、子供の頃は作っていましたが、それはぱちんとはめるだけの簡単なものでした。でもそれすらわからなくて、父に手伝ってもらったくらい。そんな私があの細かい説明書を見ながら、作り上げることができるでしょうか。父はもう老眼ですし、私はもう子供ではありません。だから私が「プラモデルを作る!」と宣言したところで、きっと……手伝ってはくれないでしょうね。昔から、手先作業が苦手なんです。折紙で鶴を折れば必ずと言っていいほどくちばしがいびつになるし、波縫いは曲がるし、カッターでまっすぐに切ることすらできないほどに、不器用です。なんか書いていたら情けなくなってきました。でもこんな私ですが、ブックカバーはお手製なんですよ。ええ、きれいな紙を折るだけですが。なんとなく本が包まっているというレベルで、角とかぴっとしてませんけど。まあ自分が使うものだから、アバウトでいいのです。こんなだから父に、お前はセンチ単位で生きているとか言われるんでしょうねえ。ちなみに父はそうという細かく、ミリ単位以下で生きていると思います。まあ性格はそれぞれですからね。